データ
もともとマメな方ではなかったのですが、ここ最近めっきり写真
を撮らなくなってしまった。すっかりスマホで…という話しでも
なく(そもそもガラケー使い)「写真を撮る」という行為自体が
少々野暮な気がしてどうにも前向きになれない。初めて自分のカ
メラを手に入れたのは小学校の高学年くらい。父にもらったコダ
ックのポケットカメラはベージュのボディーでなんとmade in U
SA!110(ワンテン)というマイナーなフィルムを使う代物。勿
論単焦点でマニュアル操作は何一つできず、当時没頭していたラ
ジコンの写真を撮ろうにもブレにブレまくって24枚中1〜2枚
ピントが合ってれば嬉しくてしょうがなかった。次にフィルムを
買えるのは、現像に出せるはいつになるのやら憂鬱になりながら。時々自分の時代遅れ感が残念だとも思う。カメラ、というか、写
真そのものの概念がすっかり変わってしまった現代。それは例え
ば音楽だとか、書籍にもいえることなのだけれど、手触りという
か質量みたいなものを感じられないそれらは僕にとってはやっぱ
りデータでしかなく、それはやはりデータ以上の何ものでもない
と感じてしまうのです。ダウンロードするよりはCDを買いたいし、
電子書籍よりは紙の本を手に取りたい。ものが増える一方かも知
れないけれど、自分の選んだものに囲まれた生活はとても豊だと
も思う。効率化やリスク低減という面ではデータには敵わないこ
とは重々承知しているし、恐らくは今後の主流はデータに取って
代わられてしまうのだろうことも理解している。でも僕はやっぱ
り紙の本が存在する限り、CDが発売される限り、欲しいと思った
ものは質量を感じられる方を選ぶと思う。写真もそう。データは
プリントアウトして初めて、写真になるのだ。目に見えるだけじ
ゃなく、聴こえるだけじゃなく、質量のあるものには多少不便で
も、きっとそれ以上の情報が隠れている。オッサン的にはそんな
気がしてならないのです。モヤモヤが晴れて、何にも考えずに写
真を撮れるようになれる日がくることを願って、今日も仕事です。












徒然・・・ comments(0) trackbacks(0)
スポンサーサイト
- - -
Comment








Trackback
この記事のトラックバックURL: http://semiaco.jugem.jp/trackback/875
<< NEW | TOP | OLD>>