紆余曲折
定番モノを長くつくり続けていると、正直飽きてくることもある。
新しく考えて、試行錯誤を繰り返し、ようやく辿り着いたこのカ
タチに昂る感覚。高揚感。ものすごくちっぽけで、取るに足らな
い感情かも知れないけれど、初期衝動は大切だ。でもそんな高揚
感も、やがて日常に飲み込まれ、目と手と身体がすっかり覚え込
んでしまって、ある種のルーチンワークへと変貌を遂げてしまう。
勿論、良いとか悪いとかじゃなくて、時間軸に沿った変化の話し。結果、悲しいかな定番品にまで昇華したモノに対して「あんまり
つくりたくないな」という負の感情に苛まれる時もある。そうい
う時は決まって納品に追われていたり、新たな作品に着手できな
いストレスが溜まった時だったりすることにも、実は気づいてい
る。そして何やかんやしている内に「ああ、やっぱりこれ良いな」
とか何とか言いながら、定番品を改めて見直している自分に気づ
いたりもする。これはもう時間軸に沿った変化とは別の話。どっ
ちかって言うと「製作におけるゲシュタルト崩壊」みたいなモノ
が起きているのだと認識しています。これってこれが正解なんや
っけ?みたいな。こうやって「製作における紆余曲折」を経て経
て、結局のところ、モノづくる日々を楽しく過ごしているのです。














徒然・・・ comments(0) -
損得の分かれ目
岡山に移住して思うのは、クルマの運転中におかしなタイミング
で左折してくるドライバーが多いこと。絶対に後続車がブレーキ
を踏まなければならないタイミングでも、文字通り「フラ〜」っ
と出てくる。「ギュン!」じゃなくて。老若男女問わず、押し並
べてそういう感じなんです。勿論、若い子は「ギュン!」ってパ
ターンもあるんですが。目の前に変な(危険な)タイミングで入
ってこられたらそりゃ腹も立ちますし、パッシングしたりクラク
ション鳴らしたくもなる。しませんけど。相手方の意図も分から
ず一方的に怒るのも良くないし、こういう話になると「ここで注
意しておかないと大事になる」と主張される方もおられるとは思
うのですが、僕に世直しをするほどの甲斐性もなく。最近は事故
にならないよう、左折車の動向に今まで以上に注意する、という
ことを意識しています。イラッとはしますが、これも世直しです。子どもの頃、スーパーの牛乳は奥の方から取れ、と教わりました。
賞味期限が先のが奥に、近いのが前に並んでいるから、と。でも
特売日にたくさん買った牛乳は結局終盤に賞味期限が切れて、そ
れでも捨てられることもなく僕たちのお腹の中にちゃんと収まっ
ていったのでした。結構賞味期限過ぎてるのもあったような気も
するのですが…。で、いい大人になった今、自分も親になった今、
牛乳は最前列の、なんなら賞味期限ギリギリのを買うようにして
います。オカン、ゴメン。母の教えに従順ではないけれど、母の
教えを元に、自分なりの解釈を加味して、僕は日々を選択しなが
ら生きています。賞味期限という言葉の意味も理解しているし、
例え一週間過ぎた牛乳飲んでも意外と大丈夫だということをオカ
ンが証明してくれたから、別に損したなんて思いもしません。そ
れよりも賞味期限が切れた途端、売り物としての価値を失ってし
まうコンビニのおにぎりの方が、僕の懐は痛まないにせよ、損を
したような気持ちになります。自分でコントロール出来得る範囲
で、小さな小さな世直しをこれからも続けてみようと思う。多分、
損得の分かれ目は自分の感覚の中にある。大損は辛いけど、小さ
な損は気にもならないような、次のラッキーへの投資くらいに余
裕を持って受け流せるような、そんな人間になりたい。誰もが自
分だけは損をしたくない!人より一段高い所にいたい!マウント
を取ってやりたい!なんて世の中は只々しんどい。ドス黒い感情
は新型コロナなんかよりよっぽどタチの悪いウイルスだと感じる
今日この頃。でも大丈夫、そっちのワクチンは自分の中にあるは
ずです。穏やかに大らかに、笑われたってボチボチゆきましょう。












徒然・・・ comments(0) -
雨が続くと
今日の午後から雨が続くのだそう。このまま梅雨に入ってしまう
のでしょうか。基本的に、雨は嫌いではありません。長く続くと
気が滅入ってしまうこともあったりしますが。木工的な話をする
と、湿度が高くなると木が反ったり捻れたりしやすくなって、そ
のタイミングで基準(平面)をつくってしまうと、逆に晴れて乾
燥した日に反ったり捻れたりすることも。基準づくりは晴れた日
に。せっかく「晴れの国おかやま」に住んでいるんですからね。なので雨が続くと作業効率がグッと下がります。と言うか、雨の
日にできる仕事(加工)は限られてしまうのです。散々板を割っ
て粗木取りしたり、反りや捻れの影響を受けにくいモノの制作に
当てたり。でもそんな仕事ばかりが幾らでもある訳でもなく、注
文分の納期だってあるんだから天気予報とにらめっこしながらア
タマの中であれやこれや考えながら予定を組む。いかにも「仕事
してる」みたいな顔をしながら。どうしようもないんですけどね。

困ったような、考えているような顔をしながらも、ウチの目の前
に広がる田んぼを眺めていると雨を待っているんだろうなー、と
顔がほころんだりもします。田植えが済んだばかりの棚田には雨
と雷が不可欠。誰かの不都合が誰かの好都合だったり。人間同士
でも自然相手だったとしても、お互い様というかギブ&テイクなん
ですよね。雨だって降らなきゃ降らないで困るのは自分達なんだし。
カエルやカニも喜んでいるはず。低気圧に負けず、ボチボチと…。












 
徒然・・・ comments(0) -
一区切り
6月1日は水落としの日。我々の住む里山は頂上付近に位置する
大芦池の水を引いて、代々稲作を行ってきました。そして今日6
月1日が、池の水を落として里山中に張り巡らされた水路を通じ、
それぞれの田んぼに引き込む日なのです。昔は本当の意味での死
活問題。水を巡っての諍いもしょっちゅうあったのだとか。今は
田んぼの枚数も減って水が足りないなんてことはありませんが、
昔はどんなに狭くても、水が引ける土地は田んぼにしたそうです。同じく今日、県をまたいだ移動への自粛要請も解除となりました。
名実共にとは言えませんが、一区切りです。首都圏でも大手商業
ビルや各施設が営業を再開したそうです。僕が住む里山とはエラ
イ違いですが、実は案外同じ種類の「一区切り」なのかも知れな
い、などと感じています。首都圏や北九州市の動向は気になりつ
つも、もうすでに「コロナが在る」という前提のもと生活を、経
済活動をも継続して行かなければならない。或いはそうせざるを
得ない段階までことは進んできているのだと感じています。共存、
共生の段階と言うか。決して変な意味ではなく、インフルエンザ
の様に、ウチの周りに普通にいるマムシの様に「それって在るよ
ね、居るよね」という感覚。油断したり楽観視したりするのはま
だ早いとは思うけれども、必要以上にナーバスになる時期は過ぎ
たのかな、と。一人ひとりの意識の好転を、心から願っています。

そして我が家の中学2年生、ようやく今日から学校再開です。コ
ロナの影響で中間テストは中止。今学期は期末テストのみの実施
なのだそう。ゴロゴロしてたバチが当たればいい!と思ったりす
る父なのです。ググっと動き始めた6月1日が皆さんにとっても
良い日であることを願ってやみません。顔を上げて行きましょう。













 
徒然・・・ comments(0) -
地力の強さ
飛騨小坂に住む友人から、山菜が届きました。何となく重い空気
の中、一服の清涼感を感じさせてくれるメールと共に。地元の下
呂市小坂町の山岳ガイドとして、主に小坂の滝めぐりを中心に活
動する傍ら、小坂の魅力をもっともっとたくさんの人に知っても
らいたい、感じてもらいたいと精力的に活動してきた熊ちゃん。
彼とは飛騨時代に務めていた木工会社の同期として知り合い、熊
ちゃんは新卒で僕は30の中途採用みたいなもんだったので歳の
差はあったのだけれど、しっかりとしていて信用できる人だなあ
という印象が鮮明に残っています。僕が岡山に移住した後、程な
く熊ちゃんも木工会社を辞して小坂を盛り上げるべくNPOを立ち
上げ、さらに時を経て現在は「216WORKS」という合同会社を
設立し、代表としても活動している二児の父なのです。そんな小
坂の町にも例外なくコロナの影響は及んでいて、ガイドの仕事は
勿論ゼロで滝めぐりの散歩道も閉鎖された状態。同じような状況
の方々はたくさんおられるのだとは思いますが、深刻な事態です。
でもそんな中、「人が来れないのならこちらから届けよう」と山
菜の通販を始めたところ思いの外好評で、今回たくさん採れたお
裾分けを送ってくれた次第。フットワークの軽さと前向きな姿勢
が熊ちゃんの魅力。あと目力の強さも(笑)。ホント頑張ってる。岡山でも山菜は採れるのだけれど、冬の終わりから春先にかけて
も食べられる野菜はそれなりにあって、美味しいし大好きなのだ
けれど、正直それほど「有り難み」を感じることはありません。
でも飛騨の厳しい冬を越しかけた頃、雪の間から芽吹くふきのと
うの苦味に、何とも言えない力を貰った経験は、僕の舌と感覚に
深く刻みこまれているのです。厳しい冬を乗り越えたご褒美みた
いなたらの芽、こごみ、こんてつ(コシアブラ)、のびる、行者
にんにく、あずきな、クレソンたちの滋味。気分的なものかも知
れませんが「有り難み」と「力強さ」が、ケタ外れに違います。
家で過ごす時間が増えて、外食の機会もめっきり無くなった皆さ
んに、個人的に飛騨の山菜はオススメです。元気になれますよ!

・小坂の滝めぐり→

・216WORKS ニジイロワークス→

コロナ禍が終息したら、行きたいところがまた増えました。前か
ら行きたかったんですけどね。熊ちゃんが家族でウチに遊びに来
てくれたのが5年前!あの時はまだ3人家族やったもんね。それ
以来、年賀状のやりとりくらいしか出来ていなかったけど、ちゃ
んと「繋がれて」いた気がしています。SNS経由で昨日の晩何を
食べたのかは知らなくても、僕は気にしないし気にもならない。
数少ない友達と、細く長く繋がっていられれば僕は幸せなのです。














 
徒然・・・ comments(0) -
更新される日常、普通
やっぱり新型コロナ関連の話しかないのかな、と。とりあえず遅
れ馳せながらの緊急事態宣言が出て、少しは世の中がピリッとす
るのかと思いきや、国と都道府県の足並みもろくに揃わず「何だ
かなー」な気分。今はまだ、そんなにたくさんの補償はできるだ
けしたくない!という思いだけが強く伝わってきます。先(終息)
が見えない以上、一回の補償だけで終わるとも限らないのだから
ここは慎重に、という思いは理解できるのだけれど、だったらそ
れをキチンと国民に伝えなくちゃ。などと一民間人は思うのです。岡山県の東側に位置する我が街美作市では、小中学校とも休校の
処置はとらず、卒業式・入学式いずれも最小人数での開催となり
ましたが、滞りなくとり行われました。とは言え、岡山県南部や
お隣兵庫県では休校措置の延長が決まったり、全国各地で大変な
思いをされている方々も多いのではないかと思います。くれぐれ
も気持ちを強く、いや強くなくても良いから、連綿と続く日常に
自分を慣らしていくような感覚で、自身の中の普通を更新してい
くような感覚を心のどこかに抱いておかれることをお勧めします。

良いか悪いかは別にして、人間はある程度慣れることで環境に対
応することができる生き物なはずです。しっかり食べてしっかり
眠って、手洗いうがいを普段以上にしっかりと。より一層生き物
らしくなるよう「当たり前」の基準をリセットするような感覚で。

子どもたちの学校が始まると、我が家ではいよいよ普段通りの日
常が続いております。普段から作業場に引き篭もって生活してい
る僕にとっては、たまについて行くスーパーへの買い出しと材料
屋さんへの仕入れくらいでしか出掛けないし、正直ほとんど(全
く)変化なし。上の子のバス停までの往復にしたってクルマ降り
ないし。ただ高齢な方が多いご近所さんとの交わりは、意図して
断つように心掛けています。東京行ったり京都に帰省してた関係
で、自分たちも保菌者である可能性は十分にあるという認識だけ
は強く持っています。間違っても「自分達だけは大丈夫」なんて
思いません。そこには「根拠のない自信」なんて必要ないのです。

画像は少し前に届いたクルミの丸太。ジャンジャン割ってジャン
ジャンつくるぞ!と思っていた矢先の新型コロナの深刻化。まあ
人生そんなもんです。思い通りに行かないのが、当たり前のこと。
日々更新される「日常」と「普通」に、一喜一憂し過ぎることな
く、心穏やかに暮らして行ければと願う今日この頃。色んなこと
が鮮明になる良いタイミングなのかも知れません。こういう時に
こそ、割と本質的なことが見えてきたりするかも知れませんので。















徒然・・・ comments(0) -
僕の仕事
ワークショップというものに、特に思い入れがあ
ったという訳ではなかったように記憶しています。
そもそも「何かワークショップできる?」と聞か
れてその都度準備した、という感じ。しっかりと
木の板に彫刻刀で彫りを入れてお皿として仕上げ、
出来上がったお皿を使ってお茶とお菓子を頂く、
というスタイルが出来上がるまでには紆余曲折も
あったように記憶しています。曖昧な記憶ですが。この画像はへゼリヒさんでのワークショップ午前
の部にご参加くださった方々の作品。僕が口を酸
っぱくして言うのが「正解はない」ということと
「全部違うのが面白い」ということ。木工教室じ
ゃないんだから、キレイに上手につくることだけ
が目的じゃあない。同じクルミの板と同じ彫刻刀
を用意して始めても、間違いなく個性が出る。隠
そうとしても滲みでてくるものが。勿論、技量の
差や手先の器用さなんかで上手い下手は出てくる
かも知れないけれど、等しく「愛着」は得られる
はず。それが木の器とざっくばらんに付き合う入
り口になれば嬉しいし、すでに普段の生活に取り
入れておられる方にとっての新鮮な発見に繋がれ
ばそれも嬉しい。切っ掛けの場、であって欲しい。
こちらは午後の部の皆さんの作品。午前午後とも
力作揃いです。一生懸命で大らかで、皆素敵です。

モノをつくって売ることが、端的言うと僕の仕事
です。でもそれだけじゃ会社辞めて、安定した生
活を辞退してまで人生を方向転換した意味がない。
イヤ、意味がない訳じゃないけど、何か勿体ない。
ワークショップに参加して頂いて、ほんの数時間
普段使わない筋肉をフル活動して木の板を彫って
頂く。いつしか目の前の木の板と彫刻刀にだけ神
経が集中していって、つかの間非日常な時間が流
れる。そしてワークショップが終わった後に、我
々つくり手が生み出す作品たちの見え方、捉え方
が、ほんの少しでも変化していれば、と願うので
す。決して「どんなもんだい!」と自慢したい訳
ではありません。ただシンプルに、経験したから
こそ、多少なりとも苦労をしたからこそ見えるも
の、想像できるものが、きっとあるはずなのです。

きよし師匠じゃありませんが、小さなことからコ
ツコツと。僕がこの仕事を通じて出会った続けて
行きたいと願うことの一つが、ワークショップな
のです。展示を含め、可能な限り全国どちらでも
参ります。小学生以来の彫刻刀を握りしめ、木の
板を彫ってみませんか?つかの間の、非日常です。















 
徒然・・・ comments(0) -
バタバタと逃げてゆく如月
建国記念日の翌日あたりだったでしょうか。その前の週くらいか
ら調子の悪かった我が家のMacが、約8年の寿命を全うし永眠さ
れました。インスタには嫁さんが上げていたのですでにご存じの
方もいらっしゃったかも。で、新しいパソコンをどうしようかと
検討しつつ、22日から始まったへゼリヒさんでの個展の準備に
忙殺され、やっと注文したものの納品は23日とのメールが。そ
のタイミングは東京なので連休明けの25日に受け取り日を変更
して、ようやく新しいパソコンが到着。設定やら何やら微妙に使
い勝手の変ってしまったMacのご機嫌がよくなったのが今日のお
昼頃のこと。ようやくです。約2週間のパソ無し生活、長かった。という諸般の事情を言い訳に、色々とメールでの返信や連絡、告
知等でご迷惑をおかけしましたこと、改めてお詫び申し上げます。
自分自身のための記録としても、マメに続けてきた「チルチンび
と広場」への掲載依頼も今回は滞ってしまいましたが、荒川区西
尾久の「へゼリヒ」さんにて開催しております個展、22日の土
曜日に初日を迎え、すでに会期は後半に差しかかっております。

「Semi-Aco 加賀雅之 個展」
2月22日(土)〜29日(土)12〜17時
心地の良い暮らしのお店「 へゼリヒ」
東京都荒川区西尾久4-12-34 コーポ庄子101

23日にはワークショップを午前と午後の2コマ開催させていた
だき、いずれも甲乙つけ難い素敵な仕上りに活力を分けていただ
きました。新型コロナウイルスの影響で電車もどこかしこも普段
よりは人が少なく感じられた東京でしたが、個人的には普段通り
きちんと食べてきちんと眠るという日常生活を大切に、慌てず騒
がず過ごせればと願っています。努めて冷静に、努めて平常心で。












 
徒然・・・ comments(0) -
ブーム
ブームという言葉を聞くたびに、中学生の頃aiwaのウォークマン
(勿論カセットテープ)で聞きまくっていたタイマーズの楽曲を
思い出す。そう、キヨシロー。YouTubeで探せば簡単に聞き返せ
る時代は、確かに30年前より進歩しているのだと思う。でも2
020年、45歳になった今改めて歌詞を読み返してみると、本
当に人類は進歩したんだろうかと腹の底から笑ってしまう。踊る
阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損そん!とばかりにビン
ジョーする人々。ブームに陰りを感じたのならば、ビジネスとし
て向き合うのならば、いっそ潔く見切りを付けて時代の二手、三
手先を見据えて動けばいい。やめ時を見極めるのも経営者にとっ
て大切な才覚。もしそのお仕事に、ビジネス以上の何かしらを投
影しているのならば、ブームが来ようがバブルが弾けようが、な
んにも飾らず期待せず、横目で春を見送ろう(これは長渕)、っ
て気構えこそが大切だと思うのです。長く続けたいと願うならね。「ブーム」や「ビジネス」、「時代」なんかの影響をなるべく受
けずに居られるよう、ギリギリ暮らして行けそうな小商いとして、
木工という生業を選んだ僕。今更ブームが去ったとか言われても
「はいそうですか」としか返す言葉もなく、じゃあまた違うビジ
ネスでもって…と簡単に切り替えられる訳もなく。僭越ながらそ
んなぬるい覚悟で人生の進路変更を決断したつもりはないのです。

そもそもブームなんて物が本当にあったのかさえ分かっていない
僕のような「隅っこ暮らし」作家にとっては、当然のことながら
さしたる影響もなく「フーン」の一言で終わってしまい兼ねない
話題。我が家のブレーン、嫁さんからそんな話を聞いたところで
「へー、そうなんや」と別段広がることもなく終了(笑)。アン
テナが低いのもそういう意味では役に立っているのかもしれない。

去年のワールドカップでラグビーが大流行りしましたよね。あれ
も多分ブームなのだと思うのです。で、もし仮にそのブームが去
ったとして、それを理由にラグビーそのものを辞めてしまうプレ
ーヤーは居ないと思うのです。スポンサーやにわかファンの一部
が離れることはあったとしても。そしてそういう時にこそ、自分
だけでなく周りも含め、色々なものが見えてくる気がするのです。

僕はやっぱりプレーヤーでありたい。そして色んなしがらみに抗
って、こんな歌を歌い続けた忌野清志郎は、シンプルに格好いい。













 
徒然・・・ comments(0) -
雪のない冬
美作の古家に越して来たとき、一月上旬の変なタイミングでの引
っ越しだったから尚更なのですが、ご近所さんから「ここは寒い
じゃろ」とたくさんお声を掛けていただきました。温暖な岡山の
中で「県北エリア」にカテゴライズされがちな美作市は、中山間
地域という環境も相まって「寒いところ」というイメージを抱い
ておられる方が多い様子。聞けば実際に5〜60年前は(ご近所
さんが小さかった頃は)それなりに雪も降ったのだそう。とはい
え、豪雪の中スキーウェアを着た友人たちに見送られながら飛騨
を後にした我々にとってみれば、雪のない道路も氷柱のない軒先
も、とてもじゃないが「寒い土地」というイメージにはつながら
ない。「ご冗談を!」とまでは言えないので「飛騨から来たんで
大丈夫ですよ」などと言いながら、色々な意味で快適に暮らして
いたもんです。道路に雪がない安心感ったらないですしね(笑)。そして気がつけば美作暮らしも早8年。9年目に突入です。いつ
の間にやら身体も馴染んで(?)こっちの冬も十分寒いと感じる
ようになりました。年に1〜2回だけ降る雪がちょっと懐かしく
嬉しかったりもして。実は今週末ボーイスカウトの雪中キャンプ
の予定があって、子ども達は2年ぶりのスキーを楽しみにしてい
たのですが、深刻な雪不足のため早々に中止が決定しました。会
場となる予定だった蒜山高原ではオープンを見合わせているスキ
ー場がほとんどで、各方面で大変な影響が出ているのではないか
と心配になります。夏の異常な暑さにゲリラ豪雨、加えて深刻な
雪不足となると、改めて「地球温暖化」って言葉の怖さを肌で感
じてしまいます。近い将来、より深刻で直接的な影響を感じるこ
とも増えてゆくのでしょうね。人間がコントロールしていたつも
りが、その実より強大な何かにコントロールされていた、なんて
まるでSFみたいな話。笑い話じゃなくなったりするのでしょうか。
妙に寒くない1月の早朝に、そんなこと考えてみたりしています。













 
徒然・・・ comments(0) -
| 1/34 | >>