キカクガイ(non-standard)
一点ものに挑戦したい、などと勢い余って書いてしまいましたが
残念ながらそんな突拍子もない作品をつくれるようなタマでもな
く…。その意図というか、言わんとするところを改めて補足させ
てください。実際にやってることは大して変わっていませんので。「同じ形を何個も何個もつくれる技術と芯を身につけたい」とい
う思いは、今も変わらず在ります。そしてその思いが、いつしか
加賀雅之という木工作家の特徴の一つになっていた、ということ
も僭越ながら認識しています。ただ「規格の寸法」という物差し
をかざすばかりに、歩留まり(ムダの出ない)の良い材、悪い材
という区別が生まれたり、少しばかり寸法が足りないがために一
回り小さい作品にしか使えなかったり、規格がある上の理不尽さ
みたいなものを感じ始めていたのも事実でした。今回「工房から
の風」を機会に新たに挑戦してみようと思ったのは、いわばマイ
ルールに過ぎない「規格」に囚われることなく、材(木)本来が
持つ自然なカタチをなるべく無駄なく活かした作品づくり、とい
うシンプルな着地点です。なので意図的なカタチではありません。
僕の意図としてはせいぜいバランスを整えるくらいのもので、大
枠としては材そのもののカタチから、白太や割れなどを取り除い
た程度。あとは使いやすそうなサイズ感のみです。多少は僕らし
いと感じて頂けるよう、刃物の種類は変えていますがこれまでの
スタイルを踏襲してみたつもりです。とんでもない作品を期待さ
れていた方にはスミマセン。直球勝負ばかりやって来た僕の、思
いつく限りの変化球が緩いカーブだった、くらいの話しなのです。

「工房からの風」当日を前に、これが最後の更新となります。先
ずは2日間晴れることと無事に楽しめることを願って、一路東へ
と軽バンで目指します。たくさんの良き出会いに恵まれることを
願って。鎮守の森で、お会いできるのを楽しみにしております。











gallery comments(0) trackbacks(0)
楕円豆皿
「工房からの風」を直前に控え、慌ただしく作品の紹介なんぞし
ております。普段からちょこちょこと紹介しておけば良いものを
気がつけばほとんど仕事(木工)とは関係のないことばかりダラ
ダラと書き綴ってしまうこのブログ。タイトルに「木のものづく
り」と謳っているにも関わらず、です。いやはや何とも面目ない。言い訳ばかりで恐縮なんですが、自分のつくったモノの写真を撮
る機会があんまりないもんで、そうなる傾向にあります。画像と
文章がまったくリンクしてないのも何だかなあって気もしますし。そういえば嫁さんが管理人を勤めるインスタグラムも、ここ数日
は熱心に更新されている様子。僕が管理するこのブログと内容や
画像がリンクしないのはご愛嬌。手磨きにオイル塗り、梱包作業
に梱包資材の買い出し、手配など、普段の子育てと主婦業に加え、
まさに大車輪の活躍!これ以上贅沢をいったらバチが当たります。
三連休、ヒマを持て余したハルコさん(小2)、作業場の掃除を
買って出てくれました。常に何かしら喋りながら、時には「ハル
コはどこに隠れているでしょうか?」などとのたまいながら。機
械を回す時以外はなるべく自由を与えつつ、この家のピンと張っ
た緊張感を幼心に感じ取り、彼女なりに出来ることを考えた結果
の行動であることを理解している父としては、無下に「邪魔!あ
っち行け!」と言うこともできず、「自宅兼工房あるある」の一
つやな、などと思いながら黙々と手を動かすのでした。お兄ちゃ
ん(小6)は什器に使う板にペンキを塗ってくれました。途中、
宿題が終わっていないことが発覚し嫁さんにひどく怒られてまし
たが…。今は大事な時なんで空気を悪くするのはやめましょうね。

豆皿の話しは…画像が3つもあるので大丈夫かな?いい感じです。
個人的にも気に入っているアイテムです。現物を手に取ってご覧
頂くのが一番だと思いますので、今週末は是非工房からの風へ!












 
gallery comments(0) trackbacks(0)
ヒトエダサシ
「工房からの風」のHPに載せて頂いている画像は、申し訳ないの
ですが新しく撮影したものではなく、少し(だいぶ?)前に撮影
したものばかり。なのでモノによっては前にもどこかで見たこと
のある画像だったかも知れません。勿論、HP掲載に向けて新たな
画像を準備しようと画策していたのですが、画像の提出期日まで
にスッキリと晴れた日がやってこず、自然光で撮影する僕にとっ
ては何とも暗い絵面になってしまう。たまに晴れても今度は仕事
の手が離せない。きっと以前の僕なら、それだけでイライラして
「晴れてくれ!」などと叫んでいたに違いない。でも今回は少し
違って「まぁしゃーないか」と素直に受け入れている自分の姿が。
とは言え、元々マメに写真を撮る習慣のない僕にとって画像問題
はいつもいつでもついて回る厄介な課題の一つでもあるのです。カメラマンの友人が以前「撮影は基本『待ち』だから」と教えて
くれたことがあります。自然光で撮影する場合は特に、一番良い
状態の日差し(光)になるまで撮影すらせずにひたすら待つのだ、
と言って子ども達と遊んでいた彼女を思い出します。照明設備の
充実した環境ならいざ知らず、なるほどそういうものなのかと妙
に納得したものです。ここ最近の荒天続きにはいくら文句を言っ
ても言い足りないけれど、言ったところで何にも変わりはしない。
諦めて画像を送った数日後、久しぶりに気持ちの良い秋晴れが広
がったので、ここ数日ご紹介している画像の撮影と相成りました。

で、ヒトエダサシです。イチリンザシよりも大振りなもの、枝も
のを飾りたいという思いからつくり始めました。散々考え、悩ん
だ結果、死ぬほど素っ気ないカタチに落ち着きました。この勇気
と英断を、ほんの少しでも感じ取って頂けたら本当に嬉しいです。

件のカメラマンの彼女、人を撮る時は時間を掛けて人間関係を構
築し、心を開いてくれるまでは一切カメラを向けない、というス
タイルでした。それもきっと『待ち』の一つだったんだろうなと
今なら分かる気がします。焦っても仕方ない。ボチボチいきます。











gallery comments(0) trackbacks(0)
round plate(ラウンドプレート)
「おごらず、人と比べず、面白がって平気に生きなさい」

なんて素敵な言葉なんだろう。先日亡くなられた樹木希林さんの
言葉です。こんな風に生きれたらと、心から思う。44歳になっ
た今も、フラフラとグラグラと必死に取り繕う日々。せめて「も
のづくる」ことに対してくらい、希林さんの言葉通りでありたい。round plate(ラウンドプレート)という名でつくり始めた楕円
皿。せっかく旋盤(丸いお皿や丸棒をつくる機械)を持っていな
いのだから、まん丸じゃないお皿をつくった方がらしさが出る。
アタマの中のイメージとしてはずいぶん前からあったのですが、
実際にカタチにできたのはまだ最近のこと。oval(オーバル)と
いう言葉は昔からよく耳にするので違う言葉を使いたい、と思っ
てround(ラウンド)という言葉を選びました。roundには円形
という意味の他に「ほぼ丸い」という意味もあって、これが僕の
中にあったイメージにピッタリで、実にシックリときたのです。画像はありませんが、お皿の裏側には「手仕事」の跡がちゃんと
残っています。写真に撮るとなんて素っ気なくて華のないお皿な
んだと少し寂しくもなりますが、現物はそれなりに存在感もあり
ます。是非とも現物を手に取って、心ゆくまでお確かめください。











gallery comments(0) trackbacks(0)
bar plate(バープレート)
本来なら10月こそが台風シーズンだったような気もするのです
が、昨今の気候変動のズレは「〇〇のシーズン」なんて概念を軽
く覆してくれます。真冬でもトマトやキュウリを食べられるよう
にしたのは人間なのだから、その責任の一端は我々自身にもある
のかも知れない。そんな妄想はさて置き、被害に遭われた方々が
一日でも速くこれまで通りの日常を取り戻されますことを心から
お祈り致しております。しぶとく何度でも復活してやりましょう。沈み勝ちな気を何とか取り直して、工房からの風まで2週間を切
りました。とても順調に準備が進んでいるとは言えませんが、日
々制作に励んでおります。同時につくっているモノの紹介もして
ゆかなければ、と焦っております。ダラダラと続けているこのブ
ログ、仕事のことはほとんど触れられておらず、さすがにちょっ
とくらい作品のことも紹介してゆかねば。で、バープレートです。
はじめはとあるお店からのご依頼でつくらせて頂いたデザート用
のお皿でした。聞いたことも見たこともないサイズ感とバランス
で、正直「大丈夫かいな」と思ったものです。納品後しばらく経
ってから、もう少しだけ実用的なサイズ感に見直した上、更には
バランス的に刃物の彫り跡は細かい方が美しい、という判断から
現在のカタチに落ち着いた次第です。用途については、特に限定
していません。お話しする機会があれば、デザート皿から生まれ
たというお話しをさせて頂くことはありますが、使い方は自由で
す。厚みがある分、それなりにインパクトもあるのでテーブルの
上でも存在感があります。是非実際に手に取ってお確かめくださ
い。「工房からの風」で、お待ち致しております。











gallery comments(0) trackbacks(0)
工房からの風、再び
5年ぶり、2度目の出展となります「工房からの風」。作家とし
て食べていくと腹を括ったとき、美大や芸大を出た訳でもなく、
師匠に学ぶべく木工房に入った経験すらない、いわばゼロからの
スタートだった僕にとって、クラフトフェアは世に出るための最
良の舞台に見えました。事実、出展を重ねることで自身のレベル
を情けなくなるほど痛感し、同時に素晴らしい作家さんの存在に
憧れを抱き、選考に通るクラフトフェア、通らないクラフトフェ
アがあるという現実にブチ当り、自分が食べていくためにはどん
なクラフトフェアに出展して行けば良いのかを客観的に考えてみ
たりして。クラフトフェアという存在は、暗中模索する日々に差
し込んだ一筋の光でもありました。前回出展時にも書いたかも知
れませんが、この人はスゴいと感じた作家さんの経歴を辿ってみ
ると、皆「工房からの風」の出展歴がある。不思議なくらい。必
ずここに出展すると誓うのに(勝手に思い込むのに)さほど時間
は掛かりませんでした。実際出展するまでは時間掛かったけど…。前回の出展は、色々な人の助けを借りて何とかたどり着いたとい
う印象で、今回はようやく自分達の力で、ものすごく自然な流れ
でたどり着いた出展だと感じています。良くも悪くも変な力が入
り過ぎていないと言うか。背伸びをすることなく自然体で「泰然
自若」という言葉をイメージしながら挑もうかと思っています。

第16回 「工房からの風」
2018年10月13日(土)14(日)
ニッケコルトンプラザ屋外会場
10:00〜16:30
詳細はこちらまで→

準備期間も残すところ2週間!焦ってはいますが楽しみでもあり
ます。台風24号の動向にも注意が必要ですが、一日一日を大切
に過ごそうと思います。十二分にお気をつけてお過ごしください。













 
業務連絡 comments(0) trackbacks(0)
平成最後の…
作業場のラジオから、「平成最後の夏」というフレーズをよく耳
にします。何か変な感じですよね、予め年号が変わることがアナ
ウンスされている今の状況って。本来は「崩御」という言葉とセ
ットで語られるものだったから当然のことなのかも知れませんが、
イベント事の枕詞みたいに使われている風潮には少しだけ違和感
を感じてしまいます。カレンダー屋さんが新年号が発表されるま
では入稿できなくてヤキモキしている、なんて話しも聞きました。
僕が知らないだけで、色々な影響が出ているのかも知れませんね。さてウチに限って言えば、長男カンタは「小学生最後の」イヤー
です。小学生最後の運動会が滞りなく終了し(雨で一日延びたけ
ど)、残すところ半年あまりの小学生生活。走り、踊り、声を出
し、本当に楽しそうでした。そしてそれと同じくらい、イヤそれ
以上だったかも知れないくらい、親御さんたちも楽しそうでした。

ふと思い出したのですが、カンタが生まれた時、僕は泣きません
でした。取り上げてくれた産婆さんが「アラ、泣かないのね」と
僕に言ったのを覚えています。生まれてきてくれた事が奇跡なの
は重々承知の上なのですが、カンタが僕達夫婦の元にやって来て
くれる事に、何の不安もありませんでした。むしろ、確信だけが
あった。勿論ハルコの時もそう。だから感動していない訳ではな
いのだけれど、「お疲れ!たいへんやったな。これから家族みん
なで頑張ろな!」って言葉を掛けただけで、涙よりも笑顔だった。

親子で参加する競技を終え涙しておられるお母さん方を見て、そ
んな事を思い出しました。カンタが生まれたときの感覚は、根拠
のない確信は、今も変わっていないようです。どんな風に成長し
ていくかはサッパリ分かりませんが、この2人ならどんな道を進
もうが大丈夫。小学生最後の夏の終わりに、確信を深める父です。












家族サービス comments(0) trackbacks(0)
バロメーター
まさかの京阪神の台風被害に驚いていた矢先の北海道地震。報道
はされなくなったけれど、真備の復旧もまだまだ道半ば。何とも
言えない無力感にどうしても心と身体が普段よりも重く感じてし
まいます。でもだからこそ、被災を免れた僕達は顔を上げ、前を
向き、努めて普段通りの日常を、目の前の仕事や目の前の家族と
向き合い、粛々と日々を重ねてゆくべきなのだとも感じています。
一人屋台の自営業。できることは限られているかも知れませんが、
普段通りの日常を過ごし続けることも必要なはず。もう何度繰り
返したか分からないけれど、被害に遭われた方々が一日でも早く
これまで通りの日常を取り戻されることを心から願ってやみません。その日の仕事の内容にもよるけれど、ほとんど毎日何かしらの刃
物を研いでいます。手が、身体が覚えている動作なはずなのに、
不思議なもんで、イライラしている時や落ち込んでいる時はなか
なか良い刃がつかないものなのですが、深く深呼吸をして研ぎ場
の窓を開け暫し集中。うん、大丈夫。普段通りの刃がついた。日
々の作業の中で自分の状態を計る一つのバロメーター。顔を上げ
て、作業場へと戻り、目の前の仕事に向きあう。粛々と、淡々と。











徒然・・・ comments(0) trackbacks(0)
夏風邪
毎年ひいているようなような気もするのですが今
年もひきました、夏風邪。お盆が明けて少しだけ
気が緩んだのでしょうか。はたまた溜まった疲れ
が出てきたのか。シンプルに夜中に身体を冷やし
てしまったのかも。今年も熱は大して上がらず咳
がいつまでも出続けるいつものスタイル。二晩ほ
ど夜中も咳が止まらず、気管が狭くなって呼吸が
ヒューヒューいってまともに眠れず、深夜からGy
aO!で映画を二本見てやり過ごしたり。横になる
よりも座ってた方が気管支的には楽なんですよね。熱が下がっても咳が残ってると人と会うのに気を
使います。もっとも人と会う機会なんてさほどな
いのですが。咳やくしゃみで菌やウイルスを飛散
するなんて言うし、必要最低限に止めておきたい。
人に迷惑を掛けるのはやっぱり避けたいものです。

さっきサラッと熱の話しをしましたが、僕は平熱
が35度5分くらいしかなく、36度7分くらい
で頭がグワーンとなります。でもこれって普通の
人の平熱の範疇ですよね。嫁さんにも言われるの
ですが、平熱が低いのは良くないのだそう。もう
何年も前から考えてはいるのですが、平熱を上げ
るってどうしたら良いんでしょう…。松岡修造み
たいに生きるのは無理だし…。手足の冷たい(末
端冷え性)木工作家って確かにヤなんですけどね。












徒然・・・ comments(0) trackbacks(0)
情報難民という言葉
少しだけ、暑さが和らいできましたね。暑いのは暑いのですが…。
それでも季節はキッチリと移ろっていて、やがては秋がやって来
るのでしょう。人知の及ばないところで粛々と時間は流れている。少し前の話しになるのですが。七夕前の大雨(西日本豪雨)の時、
ありがたいことに我々の住む山間の地区では川の決壊等の直接的
な被害の心配がない分、地滑りや土砂災害、或は川沿いの地区へ
の応援に備えて、二日間公会堂にて待機命令が出ていました。ご
多分に漏れずお年寄りが多い地区。集まる消防団員も移住者が多
めです。聞くともなしに耳に入ってきた「イケてる移住者」君の
言葉に、「情報難民」という言葉がありました。前後の言葉をち
ゃんと聞いていなかったこともあり、スマホとか持ってないお年
寄りのこと言ってるのかな?…ってことは俺も情報難民?などと
ぼんやりと濁った意識の中で考えたりしていました。特に興味を
持っていたという訳でもないのですが、昨日突然この言葉を思い
出して調べてみたのです。広辞苑第七版にはのっていなかったの
でググッてみることに。すると、総務省が使っている「情報難民
」という言葉と、神戸女学院大学名誉教授内田樹氏の造語とされ
ている「情報難民」という2つの解釈がどうやら存在するらしい。
ご興味のある方はどうぞご自身でググってみてください。どちら
の意味も何となく理解できるし、新しい言葉のまだ冷え固まって
いないドロドロと高熱を帯びた状態、といったところでしょうか。
でも僕がこの言葉を調べてみた本当の理由は、この言葉に抱いた
イメージが他のところにあったからなのです。先の2つの解釈と
も異なるイメージ。何となくですが、僕は「情報難民」という言
葉から「本当のこと」や「真実」、ある種の「正義」みたいなも
のを掴みきれず、右往左往している人。それでいて、PCやスマホ
からも離れられない人。そんな姿をイメージしてしまったのです。

スマホを持ってない僕も、PCはそれなりに活用しています。新聞
もとってますが、Yahoo!ニュースから情報を得ることもあります。
でも例えば朝日新聞や日経新聞の記事と同じ扱いで東スポやゲン
ダイの記事が並んでいる様は、慣れてしまっているとは言え、や
っぱり少し滑稽でシニカルなものに映ります。そこに個人発信の
コラムまで混ざってきたら、方位磁石を持たずに迷い込んだ人は
あっという間に遭難し、「情報難民」になってしまうに違いない。

簡単に調べられる環境は、やがて記憶力を奪ってゆく。手軽に手
に入る大量の便利な情報は、やがて考えることを衰退させる。こ
れは果たして進化なのか、退化なのか。何かしらの大きな存在の
思い通りにはなりたくない!などと考えてしまう僕は、SF小説の
読み過ぎなのでしょうか(笑)。「情報難民」という言葉を切っ
掛けに、色々と暑苦しく考えてしまった夏の終盤の一日でした。











徒然・・・ comments(0) trackbacks(0)
| 1/89 | >>