木と絵のある温かな暮らし展
さてさて、師走に入りいよいよ今年最後の展示
のご案内です。2年ぶりとなりますデザインラ
ボラトリー蒼さんでの展示。今回は絵描き(ミ
ュージシャンでもあり造形作家でもあり…多才
!)のイワサトミキさんとご一緒させて頂きま
す。よく考えてみるとガッツリご一緒させて頂
くのは初めてのことなのでこれまた楽しみです。
「木と絵のある温かな暮らし展」
12月7日(水)〜12月26日(月) 13:00〜18:00
北浜デザインラボラトリー蒼
香川県高松市北浜町5-5 大運ビル5階
11日(日)にはワークショップも開催します。
詳細はこちらまで→

ここに来て体調を崩してしまったり、色々と思
うように進まないこともありますが、気心の知
れた場所で今年最後の展示を迎えられることに
感謝です。まだまだ、まだまだつくらなきゃ!
です。










業務連絡 comments(0) trackbacks(0)
感謝と敬意
ご多分に漏れず、話題のドラマにハマっております。コメディー
タッチではありますが、テーマというかメッセージ性が心地良く、
勿論主演の二人の演技も相俟って火曜の夜が楽しみになりつつあ
ります。テレビがなくなって久しい我家ですが、民放ポータルな
んかを利用してパソコンで何時でも見られる今の時代に感謝です。作業場でボンヤリと「感謝と敬意」について思い巡らせてみまし
た。そしてふと目がとまったのがこの鉛筆でした。墨付けにはH
が良い。チビた2本の鉛筆をボンドとホチキスで繋ぎしつこく使
ってます。でもこれもまた、欠かすことの出来ない大切な道具の
一つ。嗚呼ちっぽけな自分(笑)。でもこの「くだらないの中に
」愛が。ドラマの主題歌も良いですが、どうかこのデビューシン
グルも聴いて頂きたい。踊れないけれど…。紛れもない天才。ど
うか生き急ぐことのないよう、溢れんばかりの才能に魂までをも
食い尽されてしまわぬよう、一人のファンとして願うばかりです。

今夜も楽しみです。こんな感覚ずいぶんと久しぶりな気がします。











徒然・・・ comments(0) trackbacks(0)
続 はじまりの場所
紆余曲折を経て、本当に大変な思いをして(割愛
します)江名子という場所にある豚小屋だった建
物を改装し、作業場に仕立てます。ギリギリ使え
そうな中古機械を揃え、それぞれ簡単な作業台を
拵え、一応「仕事」が出来る環境が整ったのが2
007年の春夏頃だったかな…?その間にカンタ
が生まれます。まさに、激動です。その後は生来
の貧乏性が功を奏して、作業場に入り浸るように
なります。良くも悪くも作業場の存在は「ここに
居る理由」を明確にしてくれました。のんべんだ
らりんと自然の中、スローライフを楽しみに来た
のではない、今の暮らしは仮の姿であって、例え
安定した平穏な暮らしであったとしても、絶対に
満足などしてはいけない暮らしなのだと、作業場
の存在がまるで僕を戒めてくれているかのようで
した。ここでの時間が、未来の礎をつくるのだと。
結果として「やり切れた」のだと思う。この作業
場で、この環境(木工会社に勤めながら)で出来
得ることはやり尽した。そう思えた時、飛騨を出
るイメージが明確になりました。時を同じくして、
嫁さんもそんなイメージを抱いていたようです。
飛騨を出ようと。こちらはたぶん「野生の勘」で。

「やり切った感」というのは不思議なもので、淋
しさやセンチメンタリズムはそれほど感じ取れず
にいました。色々な意味で元を取ったという満足
感と、次のステージに上がれる高揚感。大切な場
所であることに間違いはないのですが、感謝の割
合が一番大きかったのも事実。でもこないだの電
話で江名子の作業場がなくなる、という話しを聞
いて、心に穴が空いたように感じたのもこれまた
事実。誰かがあそこで機械をまわし、薪ストーブ
に火を焼べ、ゴソゴソやっている。それがなくな
るのは、やっぱり普通に淋しい。だってあそこは
僕にとっても「始まりの場所」の一つなのだから。

5歳まで飛騨で過ごしたカンタも飛騨での記憶が
ずいぶんと薄れつつあります。カンタとハルコの
生まれた場所へ、来年の雪が解けた頃には足を運
ぼうと思っています。取り壊されるなんてことは
ないと思う(願望込み)ので、江名子の作業場も
尋ねてみようかと。お礼と近況報告を兼ねて。











徒然・・・ comments(0) trackbacks(0)
はじまりの場所
昔話が続きますが…。一週間ほど前、飛騨に住む
友人から電話がありました。同じ訓練校の出身で
一緒に江名子の作業場を立ち上げた三人の内の一
人。2012年に飛騨を離れた僕を筆頭に、数年
後にはもう一人が愛媛で独立・開房し、結局飛騨
に残ったのは電話をくれたMさんのみとなってい
ました。僕らが飛騨を離れてから別の人が作業場
に出入りするようになったりもしたみたいですが、
それぞれが新し場所や元居た場所へ移ったりでい
よいよ維持管理が難しくなり、大家さんに鍵を返
すことにしたとのこと。近況報告を交えつつ、頭
の中では飛騨で過ごした7年間が走馬灯のように
甦ります。僕にとっては飛騨での思い出の7割を
占めるかけがえのない場所であり、始まりの場所。
訓練校を卒業して入った木工会社には、休日を利
用して(ある程度)自由にものづくりをさせてく
れる体制と環境がありました。30オーバーの新
入社員なので色々と気をつかうことはあるだろう
とは思いつつ、なるべくお金を掛けずに自分のも
のづくりを研鑽できるなら致し方無し!という覚
悟を固めつつあった頃、件の二人から「一緒に作
業場を立ち上げ、シェアしましょう」と持ち掛け
られます。正直、まとまったなけなしのお金を用
意し、ゼロから始めることはリスクでしかないよ
うにも思えたのですが、「飛騨に来た理由」を思
うと「それもいつかの物語の一部になる」という
不思議な感覚に背中を押され、この話しに乗るこ
とを決意します。確か2005年の夏頃の話し。
写真は2011年の暮れ、カンタの飛騨での最後
の通園風景。バス停までの雪道を、スキー場にい
るみたいな格好で歩きます。ほんの5年前の日常
風景。人生は本当に、分からないものなのです。











徒然・・・ comments(0) trackbacks(0)
10年
先日我家の長男カンタが10歳になりました。誕生日はいつだっ
て嬉しいし楽しいものなのですが、10歳の誕生日となると感慨
も一入です。結婚して4年目に授かったカンタですが、これには
ある理由が。結婚当時はサラリーマンだった僕。毎日早朝から出
社し日が変わる頃に帰宅。春と秋のシーズンは休日出勤もかなり
多かった(ほとんど休みなしだった!)僕に、嫁は言い放ちます。
「サラリーマンやってる間は子どもはつくりません」と。生活に
追われ、子どもとの時間が思うように取れない暮らしは、例え多
くの人たちが受け入れている現実とはいえ、嫁さんには受け入れ
難いことだったようです。すったもんだの末(別に揉めてはいな
い)、僕はネクタイを投げ捨て飛騨に向かいます。嫁さんの望み
通り、サラリーマン人生をリセットしたのです。そして飛騨で迎
えた2度めの秋(初冬)に、カンタはやって来てくれたのでした。
誰がどう見たって、サラリーマン時代の方が安定していました。
ローンだって普通に組めただろうし、クルマだって新車に乗り続
けられたに違いない。先行きの不安は(健康面以外)ほとんどな
かったはず。飛騨での1年目は訓練校の学生で、2年目はこれま
た生活のため木工会社への就職が決まっていたとはいえ、希望と
同じくらいの不安を抱えながらの新生活だったはずなのに。嫁さ
んとしては、それでもそんな生活の方が子どもたちにとって(あ
るいは僕にとっても)有意義なのだという確信があったようです。

色々と考えた上での結論って訳じゃなく、野生の勘ってヤツです。

カンタの10年は、僕の木工人生そのものと言っていい。妊娠中
に江名子の豚小屋を掃除し、改修し、自分達の居場所(作業場)
を拵えました。すべてはそこから始まった。そして拠点が岡山に
移った今も、僕たち家族の物語は続いています。この先も、遥か
長い道のりが続いていることでしょう。まわりのスピードに流さ
れず、自分の歩幅で歩いてゆければと願います。カンタとハルコ、
そして嫁さんと手を繋ぎながら。カンタ、誕生日おめでとう。










徒然・・・ comments(0) trackbacks(0)
心の師匠
僕は芸大や美大を出た訳でもなく、

誰か有名な作家さんに師事した経験もありません。

そんな僕にも、特に木工という仕事を続けてきた過程において

心の師匠とでもいうべき存在が何人かおられます。

umieのボス、柳さんもその一人。



多くを語らずとも、誇示せずとも、伝わることがある。

溢れ出るもの、こぼれ落ちるもの。

むしろそんな何かにこそ、人を惹きつける魅力が紛れている。

umieにはそんな何かがある。

自分にもあればいいと願う。

溢れ出るもの、こぼれ落ちるもの。

15周年、改めまして、おめでとうございます。

12月の「デザインラボラトリー蒼」での個展、楽しみにしています。











業務連絡 comments(0) trackbacks(0)
思うところ
たくさんつくってたくさん納品しているのですが、ここ最近は本
ブログでの告知を控えさせて頂いております。納品の準備が整っ
た旨お取り扱い店様にお伝えすると、「今回の納品分はすべて行
き先が決まっているんですよ!」なんてお話しを伺うことがあり
ます。それ自体はとてもありがたいことなのですが、結果的に「
納品しました」と告知したにも拘らず購入できない方がおられる
という状況に、申し訳なさを感じてしまいます。言葉のチョイス
が間違っていなければ良いのですが、「煽る」ようなことは極力
避けたい。必ずブームは落ち着きますし、気長にお待ち頂ければ
必ず手にして頂くことは可能です。だってつい2〜3年前までは
全然売れてなかったんだから(笑)。僕一人でつくれる量なんて
たかだか知れている訳で、今は需要と供給のバランスが一時的に
崩れているだけ。工場の拡大や人員の増強といった予定はござい
ませんので(一人で続けます)そういうもんなんだ、と寛大な心
で、気長にお待ち頂けると幸いです。確実につくっていますので。
画像は特注のトレー、というかお盆。注文を受けてから半年が過
ぎ、焦っています。特注品をどのタイミングで工程に盛り込むか。
この日までに必要、なんて明確な納期が無い場合はどうしてもズ
ルズルと後回しになってしまう傾向があります。申し訳ない。何
だか言い訳ばかりな投稿になってしまいましたが、結構必死に大
真面目につくっております。皆さんのお手元に届く日をイメージ
しながら。待っててくれる人がいるというのは、心強いものです。












- comments(0) trackbacks(0)
6年前
先週末、娘のハルコが6歳になりました。この家に引越した頃は
まだ2〜3歩しか歩けなかったハルコ。色々なものが整っていな
い、まるで仮住まいのような質素な台所での動画が残っています。
子の成長を振り返ると、月日の早さを感じます。自分のそれとは
まるで異なる時間軸を生きているのでは?と錯覚するくらい、目
を見張るものがあります。どうにかこうにか二人の子供を不自由
なく育てられていることに、感謝です。ハルコが嫁さんのお腹の
中にいた頃のことを思うと、諦めなくて良かったと心から思う。
その頃の僕は木工を始めて5年目。濃くて深い霧の中にいました。
訓練校を出て木工会社に就職し、自分達の手で作業場をつくり機
械を揃えた。弁当を2つカバンに入れて、1つは会社で食べもう
1つは残業後に夜の作業場で食べる。木工とそれに関連するもの
にどっぷりと首まで浸かった生活。マンガのように順調で、とて
も充実した日々に聞こえなくもないのですが、その実、飛騨で迎
える5年目に言いようのない閉塞感を感じていました。本当に木
工で食べてゆけるのか?二人の子どもを育て上げることなんてで
きるのか?これ以上、どう頑張ったら次の段階へ進めるんだ…?
そもそもマニュアルや正解などない世界。2人目の出産を控え、
否応なしに現実的にならざるを得ない状況に、本当に心が折れそ
うになる瞬間が度々ありました。家にいても喋らない、笑わない。
嫁は当時の僕をそう振り返ります。そしてとうとう、後にも先に
もこの時一回きりなのですが、「木工やめよかな」と口にします。
今思えば疲弊し切っていたのだと思う。五里霧中、暗中模索、八
方塞がり。そんな鉛色の日々に、一筋の光が射します。ポストに
届いたのは「灯しびとの集い」の入選通知。初めてのメジャーク
ラフト展への出展が決まり、折れかけていた(ほとんど折れてい
た)心が再び生きを吹き返したのです。これまたマンガのように、
玄関のポストの前でガッツポーズしたのをよく覚えています(笑)。
初めてキチンと自分の仕事を認められた、褒めてもらえた気がし
て、そこから再びグググッと足腰の力が漲ります。続けよう、と。

結果、続けて良かった。10年先も20年先もそう言えるように
まだまだやらなきゃならないことはたくさんあります。時間を掛
ける方が自分には合っている。結果なんて簡単に出すもんじゃな
い。積み重ねのない結果は、きっと脆くて長持ちしない。感覚は
完全に「昭和」ですが、背伸びせず自分のペースで進むだけです。

画像はカンタがハルコのためにつくったネックレス。真鍮の丸い
板に作業場で穴を明け、金づちで叩きました。つくった本人もも
らった本人も大満足なプレゼント(笑)。おめでとう、ハルコ。











徒然・・・ comments(2) trackbacks(0)
CAMPING
おおよそ3年ぶりに、一泊二日でキャンプに行ってきました。数
少ない我家の趣味の1つなのですが、ここ数年は流石に余裕もな
く、テントもタープも「カビ生えるんじゃないか…」って感じで、
裏庭にテントを広げて虫干ししてみたり。でも運良く9日の午後
から10日にかけては何も予定がないことが判明し、天気のこと
はこの際気にせず強行してきました。クラフトフェアで鍛えられ
たのでしょうか。小雨が降る中の設営でもまったく怯むことなく、
淡々とタープを広げ張り縄をベグダウン。メインポールを立たせ
れば後はこっちのモノ。雨が凌げる場を拵えてから子どもたちに
遅めの昼ご飯を食べさせるためのテーブルとコットをセット。そ
してテントを張ってレイアウトを定めてペグダウン。3連休の中
日とあってキャンプ場はとても混み合っていて、フリーサイトと
はいえお隣さんに「隣、いいですか?」と挨拶して確認しなけれ
ばならないほどの混雑ぶり。キャンプ場のおばちゃん曰く「9月
からの台風で予定を繰り下げた人が多いのよ」。なるほど納得で
す。そもそも3連休に思いつきでキャンプに行くのが間違ってい
る訳で。それでも2日目には雨も上がり、早々に撤収して行く遠
方からのキャンパーを後目に、終盤はご覧の通りの貸し切り状態。
これはこれで、思いっきり遊べる分ある意味ラッキーだったかも。とはいえ雨の降る初日の夜は寒かった(キャンプ場は蒜山高原)。
近所の温泉につかった後は早々に寝袋に潜り込む。興奮して騒ぎ
立てる子どもたちに「家と違うで!お隣さんもいるんやから!」
と、何とも本末転倒な発言。我家の東側のお隣さんは遥か向こう。
西隣には家すらないしね。大声で泣こうがケンカしようが、そう
いう心配(近所迷惑)とは無縁の立地条件。ま、作業場として使
える場所を探しに探したんだから当然と言えば当然なのですが…。

1日半とはいえ、腱鞘炎気味の手首をしっかり休めることができ
ました。彫り進める圧力さえかけなければ痛みはありません。そ
の証拠にボール投げれてるし(笑)。心身ともリフレッシュです。











家族サービス comments(0) trackbacks(0)
好きなものとそうでないもの
お盆の始め頃、携帯が壊れました。消防団絡みで携帯をポケット
に入れたまま何日か仕事をしていたら案の定液晶がまっ暗になっ
てしまいました。以前にも当ブログで紹介したことがあったと思
うのですが、愛用のガラケーはそれなりの年代物。修理して使い
続けていたのですが、いよいよメーカーにも部品がない代物とな
ってしまいました。つまりは買い換えるしか選択肢がない状況…。
現行品のガラケーはどうにも気に入らない。店員さんとしては、
こちらのデータを見れば僕が「ケータイに興味ない人」というの
は一目瞭然。「こちらの機種ならお安くなりますよ」と小さめの
iPhoneを勧めてくる。気に入ったものがない以上、値段は大きな
ファクターとなり「マジか!スマホか?」と心の中で呟きながら
動揺をひた隠す。機種代は確かに安い。イマイチなガラケーより
も。「そういう時代なんかな…」と嫁に一言。諦めモードで話し
をしてゆく内に「こちらの機種(iPhone)ですと月々のお支払が
◯千円になります」と聞いてハッと我に返る。高い!聞いた値段
忘れるくらい高い!!意識飛んでたかも。僕の月々の携帯代は1
500円程度。それ以上の価値は、正直見出せていない。だって
一日の内の10時間くらいは作業場にいるのだから、その間携帯
は母屋に置きっぱなし。しかも残りの時間の半分くらいは寝てい
る訳だから、そもそもお金をかけるべきはそこではない。受け入
れがたい理屈かも知れませんが、僕にとっては至って単純な選択。
結果、不本意ながら全く気に入らないガラケーが手元にあります。
割りと角張っていた以前の愛用品に比べ、無駄に面取りされたデ
ザインが手に馴染まず、木に油分を持って行かれたカサカサな手
との相性も悪く、しょっちゅう落っことします。慣れるまでは片
手でパカっと開くことすらままならなかったし…。割りと身の回
りのものに関しては、機能性よりも「気に入っているかどうか」
で選ぶことの多い僕にとっては、少なからずストレスな今回の携
帯。経験上、大切にしない(出来ない)ものとの付き合いは短く
なる傾向が強い気がします。でも代わりの品が出てくるとも思え
ず、このまま使い続けるしかないのかな…と。それでなくても出
掛ける時はほぼ毎回「携帯持った?」と嫁に聞かれる僕。これま
で以上に忘れたまま出掛けてしまいそうな気がしてなりません。

好きなものとそうでないものの違いって、何なんだろう。ここに
関しては千差万別、種々雑多、それぞれの意見があって良いと思
う。また、そうであるべきだとも思う。僕個人の場合、自分或は
自分が尊敬している人がやっていて(持っていて、使っていて)
違和感がないかどうか。そこが最大のポイントとなる気がします。

例えば僕はサラリーマン時代、付き合いで何度かゴルフをしたこ
とがあります。正直、ゴルフなんてキライでした。でも今になっ
て思えば、休みの日まで仕事相手と一緒にコースに出ている「そ
んな自分」がキライだったのです。またやろうとは思いませんが、
ゴルフそのものは好きでもキライでもない。興味もないのですが。

その理屈からすると「この携帯を持っている自分」がしっくりと
こない、ってことになります。同じように、うつむいてスマホを
シュッシュとやってる自分がしっくりこない。想像できない。中
学生の時、タバコを吸い始めた周りの同級生が(そのアンバラン
スさに)どうにもこうにも格好悪く思えて「無しやな」と思った
感覚に似ています。上手い着地点なんてないのですが、結局は自
分のなりたい(そうありたい)自分に近づけるか、遠ざかるか、
みたいな感じが、ボンヤリとした基準なのではないのでしょうか。

長〜い文章でもって「携帯が気に入らない」という話しを続けて
しまいました。マイナスな文章でスミマセン!携帯のメーカーさ
んへの敬意を表して、画像は関係ないものを使います。画像の楕
円皿は気に入っているので悪しからず。













徒然・・・ comments(0) trackbacks(0)
| 1/80 | >>